平成は2019年に新たなバブルを引き継ぐのか(東洋経済オンライン)



12/8(土) 6:00配信

東洋経済オンライン

 除夜の鐘には1カ月以上も早いはずなのに、巨大な鐘の音がゴーン! と鳴った。鳴らしたのは東京地検で、鐘は日産自動車に乗せて運ばれてきたらしい。この残響が消えない騒然とした状態で師走を迎えた。カルロス・ゴーン氏は有罪になるのか、そして、日産とルノーの関係はどうなるのか、興味は尽きない。

 しかし、時は平成30年の年末だ。今回は「平成」という時代を振り返ってみることにしよう。そろそろあちらこちらで、「平成を振り返る特集」が出てくる頃合いだ。

■最初のバブルは「昭和」から引き継がれた

 「平成」はバブルに翻弄された時代だった。バブルが来て、崩壊して、その後始末に追われた30年間だった。

 平成が始まったのは1989年だが、平成は昭和からバブルを引き継ぎ、これを仕上げるところから始まった。この年の年末に、日経平均株価は3万8915円の歴史的高値を付ける。

 バブルは、簡単に言うと、借金による投資が拡大し過ぎて資産価格が高騰することで起こる。金融が緩和状態にあることと、リスクを過小評価する仕掛けかストーリーがあることがその発生の必要条件だ。

① 金融緩和→②信用拡大→③投資と景気の拡大→④資産価格高騰→⑤金融引き締め→⑥資産価格崩落(バブル崩壊! )→⑦不良債権発生→①金融緩和→……、といったパターンを辿る
 このパターンは、読者の皆様にもおなじみだろう。「毎度、性懲りもなく」と思うのだが、金融ビジネスの基本的ビジネスモデルが「他人にリスクを取らせて金利や手数料を取る」ものであり、今のところ、信用の過剰な拡大に歯止めを掛けるうまい方法がない。バブルが時々起こるのは致し方がない。

 平成第1のバブルだった日本の株価と地価の大バブルは、規模も大きかったし、バブルが備えるべき特徴をフルセットで備えた「完璧なバブル」だった。あのころを知っている年代の日本の投資家は、資産形成にあっては不運だったかもしれないが、経済知識を得るうえでは幸運だった。

 つまり、1980年代後半の金融緩和と財政拡大に加えて、財テク運用の「握り」(利回り保証のこと。後の山一證券廃業の原因にもなる)といったリスクを誤認させる仕掛けが満載だった。また違法なビジネス、さらに日本の地価は下がらないという「土地神話」のような楽観的ストーリーが語られた。さらに、日本の株価が高すぎないと説明しようとして某東大教授が唱えた「Qレシオ」という珍説、バブル崩壊に向けて圧力を高める金融引き締め、そしてバブル崩壊がもたらした不良債権による金融機関の破綻、「貸し渋り」・「貸し剥がし」といった言葉が生まれた信用収縮など、日本のバブルには欠けているピースがない。いずれもバブルにあってよく登場する現象だ。

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