【特別編】とりあえず今言えるカルロス・ゴーンの功罪 小沢コージのビューティフルカー(日経トレンディネット)



一夜にして容疑者になった、日産会長兼CEOのカルロス・ゴーン。約20年にわたる一極体制の果ての当然の結果なのか。一時は経済界のヒーローともてはやされた彼の功罪、今後の日産、ルノー、三菱自動車の行く末は?
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【関連画像】カルロス・ゴーン氏(写真AFP/アフロ)

●【コンセプト】カルロス・ゴーンとは一体どういう存在だったのか

 もうビックリ! まさに寝耳に水です。そう、今週19日の夕方に日本の大手テレビ局、新聞、ラジオなど、全国マスコミが一斉に報じた日産自動車の会長兼CEOのカルロス・ゴーン氏、いや容疑者の逮捕劇。

 最初に報じられた内容が自らへの数億円の報酬額の有価証券報告書への虚偽記載など、少々セコイ感も付きまといましたが、あれはまだまだ氷山の一角。次第に50億円レベルの虚偽だっただの、他にも日産の投資資金で家を購入しただの、経費の不正使用などもあるようで、全ぼうはいまだヤブの中。

 どこかの元都知事のように、聞いて寂しくなるような細かい流用ではなく、ドカンとスケールのデカい経済事件になりそうですが、とにかく今回の一件で間違いなく落ちた偶像扱いされるであろうゴーン容疑者。

 当初から、ほかの人にはない“強い匂い”がなかったといえばウソになりますが、当時は確実にヒーローであり、見事な改革者であったことはここに記しておきたいと思います。

【インプレッション】当時は間違いなく経済界のヒーローだった

 マスコミにカルロス・ゴーンの名が出始めたのは1999年、有名な「日産リバイバルプラン」の導入時です。90年代、特に後半の日産は明らかに業績低迷。目に見えてクルマが売れないだけでなく、魅力的な新車も少なく、身売りもささやかれていました。

 そして当時の塙義一社長が取った秘策が、フランス・ルノーに頼ること。当時は、大メーカー同士の吸収合併が盛んで、なかでも有名なのは98年のドイツのダイムラー・ベンツと北米クライスラーの吸収合併。「世紀の大合併」とうたわれ、しかしこれが9年後に破たんしたことからも分かるように、文化の異なる大企業同士の合併は難しいモノがありました。

 しかし、ルノーと日産を見事に融合させたのは、間違いなくゴーン容疑者の優れた手腕。「コストカッター」のあだ名で一躍有名になった“立て直し屋”であり、ある意味、“大企業版野村再生工場”のようでした。当時は、フランスの名家出身のルイ・シュバイツァー・ルノー会長の懐刀的イメージもあり、水戸黄門に寄り添う助さん格さん的ムードもありました。正直、最初は脇役でした。

 フランス経済界の大立者の彼は、実は苦労人。ブラジル出身のレバノン系で、がんばってフランスの最難関高等教育をクリアしたあと、大手仏タイヤメーカー、ミシュランを立て直すなどして頭角を現しました。その後、ルノーに入社し、日産に来てからのらつ腕ぶりは先述のとおり。

 日産での施策は、具体的には社内で肩書や年齢にとらわれないクロス・ファンクショナルチームを発足し、リバイバルプランを始動。歴史ある村山工場ほか組立&部品工場を5カ所閉鎖し、グループ労働者を2万人以上削減。2003年までに2兆円以上の巨額の借金を完済しました。

 しかも当時は、決してそういった冷酷な首切り屋のイメージだけでなく、02年にはしばらく生産が途絶えていた5代目「フェアレディZ」を、07年にはある意味復刻版であり、新生日産自動車のシンボルにもなったスーパーカー「GT-R」を誕生させました。

 なかでも奇才と言われたエンジニアの水野和敏氏を、じかに口説いて研究開発を任せた手腕は、口うるさい自動車マニアを黙らせるレベルでもあったのです。

 生産現場においても、労働者が視察に来たゴーン容疑者を労働者が拍手で迎え「カルロス!」と声を上げると、本人がガッツポーズすることもあったと聞きます。

 カルロス・ゴーン容疑者は押しも押されもせぬ日仏経済の架け橋であり、主役でもあり、経営的にもリバイバルプランの続手「日産180」や「日産バリューアップ」を次々とブチ上げ、確実に日産は再生していったのです。

 2016年にも、これまた驚きの三菱自動車の筆頭株主となり、日産の傘下に収めました。不祥事続きの同社の引き取りはおそらくリスクを避ける日本人経営者では不可能と思われ、結果的にはVW、トヨタと並ぶ年間生産台数1000万台のグループ企業に成長。規模の論理がまかり通る自動車産業の一員として、たしかに納得の一面はありました。

 小沢も何度かインタビューを試みたことがありましたが、とにかく頭の回転が速く、ビジョンはクリアーで意思も強靱(きょうじん)。さすがと思わせる部分は大いにありました。

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