日本から「ゲイツ」「ベゾス」が生まれない理由(東洋経済オンライン)



11/22(木) 5:30配信

東洋経済オンライン

 希代のイノベーターとして知られるマイクロソフトのビル・ゲイツとアマゾンのジェフ・ベゾス。この2人が根城にしている都市がどこかご存じだろうか。言わずと知れたIT企業の聖地、アメリカ西海岸にあるシリコンバレーかと思いきや、実は違う。イチローが所属するメジャーリーグ「マリナーズ」の拠点として日本人にはお馴染みのワシントン州シアトルなのだ。

 実は、シアトルはシリコンバレーと並ぶ世界的な起業家都市であり、アマゾンやマイクロソフトをはじめ、名だたるIT企業が本社を構えている。今回は、シアトルに多大な影響を及ぼした2人が受けた教育を見ながら、日本に必要な教育を考えたい。

■ゲイツはどんな教育を受けたのか

 ゲイツは1955年、シアトルで生まれた。おそらく世界で一番有名なシアトル出身者だろう。マイクロソフトを創業して以来、革新的なオペレーティングシステム(OS)やソフトウェアを開発し、巨万の富を得た。

教育の成果は20年、30年という長いスパンで現れることがあるといわれる。ゲイツの成功の陰にもやはり、教育が潜んでいると筆者は確信している。では、ゲイツはどのような教育を受けて育ったのか。以下、脇英世著『ビル・ゲイツI マイクロソフト帝国の誕生』に依拠して見ていこう。

 ゲイツは12歳のとき、シアトル市内にある名門私立中学校に入学した。この学校では、若い数学教師がコンピュータ管理を担当する一方で、運用は生徒たちの裁量に委ねられていたという。

 1960年代の時点で生徒にコンピュータの運用を任せているとは、にわかには信じがたいかもしれない。ところが、シアトルではそれが現実のものとなっていた。こういう教育法はラーナー・センタード(学習者中心)と呼ばれ、日本でも最近ようやくその必要性が認められてきた。

 また、ゲイツが通った中学校には「母の会」というものがあった。これはただの保護者会ではない。ある面では学校を経済的に支援する役割を担っていた。母の会では度々、バザーを開いた。そこで得られた売り上げを学校に寄付して、コンピュータの購入資金に充てたという。

 日本の学校では考えられないことだが、海外の学校では教育資金を賄うために教師と保護者が一体となって資金を稼ぐことが珍しくない。卒業生の寄付品をオークションにかけたり、ホールを建設してコンサートや演劇で収益を上げたりすることもある。ファンディングと渉外担当の校長がいる国もある。

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