東芝元社長、西田厚聡氏死去 カリスマ、晩年は「戦犯」(産経新聞)



 東芝で社長や会長を歴任した西田厚聡(にしだ・あつとし)氏が8日、急性心筋梗塞で死去した。73歳だった。かつては米原発メーカー、ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)の買収などを手がけ、「カリスマ経営者」として名をはせたが、東芝で不正会計問題が発覚した平成27年以降は「戦犯」と名指しされるなど、波瀾(はらん)万丈な生涯を送った。

 東芝での経歴は異色だ。東大大学院でイラン出身の夫人と出会い学生結婚。イランに渡り、東芝の現地合弁会社に採用されると頭角を現して、東芝本体に転じた。東芝では海外営業畑を歩み、パソコン事業を牽引(けんいん)。「ダイナブック」などで知られるノートパソコンを世界トップシェアに導き、「パソコンの西田」の異名をとった。

 17年に社長に就任すると、「選択と集中」の実践者として手腕を振るった。東芝EMIや東芝不動産などを次々と売却する一方、原発と半導体メモリーに重点投資。18年にはWH買収に当時の為替レートで6千億円超を投じ、高値つかみと批判されたが「原発分野で世界をリードする」と強気を貫いた。21年に会長に就き、経団連副会長なども歴任した。

 しかし、不正会計問題では社長在任時の20年頃から、西田氏が率いたパソコン事業で部品取引を悪用した利益のかさ上げが始まったとされる。後任社長の佐々木則夫氏とも経営をめぐって対立した。相談役だった27年に不正会計問題が発覚し、引責辞任した。

 買収したWHは米国で手がけた原発の建設事業で巨額損失を抱えて今年3月に経営破綻し、東芝の経営危機の主因に。稼ぎ頭の半導体メモリー事業も売却せざるを得なくなり、晩年は西田氏への批判の声も多くなっていた。(万福博之)

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