“孤独信仰”は「一億総引きこもり社会」を招く(東洋経済オンライン)



 冒頭、筆者自身の体験をご紹介したい。

 6年前の夏、1本の電話が真夜中に鳴った。電話をとった夫が言葉を失い、その顔が見る見るうちにこわばるのが見えた。義父が亡くなったことを知らせる電話だった。享年60歳。

この記事の写真を見る

 孤高の人だった。抜群に頭がよく、プライドが高い人で、友達はほとんどいなかった。弁護士として一時は成功を収めたが、酒におぼれ、仕事を辞めた。妻が働き、家計を支えた。15年余りそんな生活を続け、ついに、離婚。1人で暮らし始めたが、よほど寂しかったのだろう。結婚詐欺に引っかかり、大金をはぎ取られたりもした。ある日、隣人にしばらく旅行に行くと言い、連絡を絶った。

■日本でもてはやされている「孤独」

 それから3週間後、自宅のベッドからころげ落ちたような状態で発見された。死後かなりの日数が経っていたため、死因は特定できなかった。世間のスタンダードでいえば、「落伍者」だったのかもしれないが、子育てには熱心で、よき父、祖父としての一面もあった。

 その突然の死の後、家族に残されたのは、例えようもない悔恨だ。私たちは何かできたのか、できなかったのか。長年の飲酒が体をむしばんでいた、これは間違いないだろう。しかし、私たち夫婦は、ほかでもない「絶望的な孤独」、これこそが、彼の直接的な死因だったと思っている。

 3年前、アメリカ暮らしから戻った筆者がずっとぬぐうことのできない違和感。それは、海外で、「現代の伝染病」として、その脅威が大々的に取りざたされている「孤独」がこの日本では驚くほど、「もてはやされている」ことだ。アマゾンの書籍を「孤独」というキーワードで検索してみればわかるが、ポジティブなものばかり。数えきれないほどの本が、「孤独」を推奨している。

筆者は本連載や書籍『世界一孤独な日本のオジサン』を通じて、欧米の数多くの研究が孤独の負の健康影響について警鐘を鳴らしていることを紹介してきた。ところが、読者からは「孤独の何が悪いのか」という反応も少なくない。これだけ「孤独推奨本」が売れているということは、実は多くの日本人が「孤独感」を覚え、その気持ちと自分の中で折り合いをつけようと葛藤している、ということの証左なのかもしれない。

【関連記事】

Related Post



コメントを残す