「霞が関ビル」竣工50年、色あせぬ存在感 日本初の超高層ビル、今も“進化中”(SankeiBiz)



 ■複合・緑地化の再開発モデル

 日本初の超高層ビルとして三井不動産が開発を手がけた「霞が関ビルディング」(東京都千代田区)が12日、竣工(しゅんこう)から50年を迎える。建築技術や法制度が変革期を迎えた1960年代、オフィスとともに商業テナントを誘致する複合化や敷地に緑地空間を整備した試みは再開発のスタンダードとなった。その後も先進機能を取り入れ続け、半世紀を経た今も色あせない存在感を放つ。

 「東京タワー以外にはない圧倒的な高さ。九州の田舎から出て、最先端のビルで仕事ができることがうれしかった」。ANAホールディングスの伊東信一郎会長は、開業年からオフィスを構えた全日本空輸に入社した当時の高揚感を振り返る。

 ◆建築基準法の改正

 霞が関ビルは1968年に竣工。地上36階建て、高さ約147メートルのビルの建設工事費約163億円は、現在価格にして約554億円の巨大プロジェクトだった。東京は当時、産業と人口の過密で空間や緑地不足が問題視されたが、63年に建築基準法が改正。ビルを高層化して敷地内に緑地空間を生み出す開発事業が可能になり、日本初の超高層ビルが産声を上げた。

 導入された先進技術や試みは、現在のオフィスビル開発にも受け継がれる。

 初導入の高速エレベーターや部外者も自由に入れる緑地空間、病院や郵便局などの「街」機能の取り込みは霞が関ビルが最初。東京のランドマークとして人気を博し、当時36階にオープンした展望台は多い日で1日2万人以上の観光客が訪れ、大きさを表す単位では「霞が関ビル何個分」との表現が使われた。

 ◆経済成長のエンジン

 都心のオフィスビル建て替えが進む中、霞が関ビルに目立った経年劣化はない。三井不動産は総額約470億円をかけ3度にわたる大規模改修を実施。空調や給水、情報通信などのインフラを一新したほか東日本大震災後には防災センターを開放する取り組みを開始した。働き方改革の流れを受けた昨年は、シェアオフィス導入などアップデートを続ける。

 霞が関ビルから始まった複合ビルのコンセプトは、経済成長のエンジンともなりつつある。政府が掲げる訪日外国人旅行者の増加の受け皿として開業が相次ぐ外資系高級ホテルだが、主流は複合ビル内の運営受託型だ。ブランド価値を高めたいビル開発側と、低リスクで日本市場への参入が果たせるホテル側双方のメリットが一致する。

 不動産サービス大手ジョーンズラングラサールの沢柳知彦取締役は「高級ホテルは収益性の観点から単独棟での建設が難しい。今では当たり前の複合ビルが、観光立国の推進にも結果的に一役買っている」と指摘している。(佐久間修志)



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