「町田ゼルビア」が世界に羽ばたく大きな野望(東洋経済オンライン)



12/9(日) 6:20配信

東洋経済オンライン

 サッカーのJ2リーグで優勝争いを演じたFC町田ゼルビア。

 最終節の東京ヴェルディ戦で勝利していれば優勝を引き寄せることができたが、引き分けとなり4位で今シーズンを終えた。10月にはサイバーエージェントの傘下に入ることが発表され、J2での躍進とともに大きな話題となった。

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 「J1ライセンスの交付がないとわかっているなかで志を高く持ち続けた監督・選手たちには脱帽です。褒められた話ではありませんが、J2クラブで選手人件費は下位クラス。結果を出してくれた監督や選手たちに引っ張られるのではなく、支えていきたいです」

 ゼルビアで選手経験があり2018年4月から社長に就任した大友健寿は今シーズンの戦いをこう振り返る。

■2004年にはJリーグは夢のまた夢だった

 大友健寿は少年時代は町田で育ち、社会人になった後に町田ゼルビアで選手としてプレーしていた。

 筆者と大友は2004年に埃まみれの土のグラウンドでボールを追ったチームメイトでもある。あの頃はJリーグなんて夢のまた夢だった。

 大友は東海大学を卒業後、2000年に浜松町にある製造業企業に入社、営業として汗を流す毎日を送っていた。社会人となっても東海大のOBとチームで、週末にフットサルの大会に参加をしていた。

 サッカーの夢を諦めきれなかった大友が町田ゼルビアに加入したのは2000年の年末、23歳のときだった。当時、ゼルビアの存在を知らなかったそうだ。

 「ゼルビアには『FC町田時代の同級生の木町孝などがいるよ』と誘われて入りました。丸山竜平(現・町田ゼルビア強化部長)も同じ時期に入りました。当時は監督もいなくて、選手兼監督の方が全部やっていたんです。

 カテゴリーは東京都の(社会人サッカー)一部リーグで週末の試合だけやっていました。試合会場に集まった時に『今日は11人いるかな?』という感じの草サッカーチームだったんです」

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