元代表の戸田和幸が狙う「サッカー解説」革命(東洋経済オンライン)



11/11(日) 6:00配信

東洋経済オンライン

 「指導者になると決めていた。でも、そのためには、現役時代に自分で作りあげてしまったイメージを、一度リセットする必要がありました」

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 2002年のFIFAワールドカップ日韓大会。母国開催のサッカー日本代表は、史上初の決勝トーナメント進出を果たした。日本中を熱狂の渦に巻き込んだ当時のメンバーの中で、赤いモヒカンヘアーと闘志むき出しの荒々しいプレースタイルで、ひときわ異彩を放っていた男を覚えているだろうか。

 日本サッカー史上最高の潰し屋とも言われた男、戸田和幸だ。

 彼は現在、現役時代から想像もつかないほど、知的でクレバーなサッカー解説者に変貌を遂げている。

 論理的でわかりやすい彼の解説は、多くのサッカーファンから好評を博しており、戸田のもとには、サッカー中継やスポーツニュース番組からの出演オファーが絶えない。

 荒々しさが印象的だった戸田和幸が、どのように知的な解説者へ変化できたのか。

 その背景には、戸田自身の巧みなブランド再構築術と、抜きん出たビジネスセンスがあった。

■引退から5年、解説者に転身をするまで

 2013年11月、戸田はシンガポールリーグでその年のシーズンを終えると、18年間の現役生活に終止符を打つことを決意した。ワールドカップ日韓大会での活躍を知る人たちからみれば意外かもしれない。

 ワールドカップ後に数多くのチームを渡り歩き、時には監督との確執が噂され、所属チームを探すのに苦労したこともあった。

 元日本代表選手として華々しい引退の花道が用意されたわけでもなく、戸田の引退を報道するメディアも多くはなかった。

 30歳になる前に、指導者の道に進むことを決めていた戸田は、キャリアの終盤になると、選手生活と並行して指導者ライセンスを取得していた。そんな戸田に引退後、指導者のオファーがこないことは、自分自身でも薄々気がついていたという。

 「自分なりに真摯にサッカーに向き合い、追求してきたものがあった。でも僕に対する世間のイメージは、あのとき(2002年)で止まったまま。また、所属してきたチームがもつ僕のイメージは“主体性はあるけど意見を言うので扱いづらい選手”というものだったと思います。

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