88歳祖父の死に「おめでとう」と言う孫の真意(東洋経済オンライン)



9/16(日) 6:00配信

東洋経済オンライン

人はいつか老いて死ぬ。その当たり前のことを私たちは家庭の日常から追い出し、親の老いによる病気や死を病院に任せきりにして、目をそむけてきた。結果、死はいつの間にか「冷たくて怖いもの」になり、親が実際に死ぬとどう受け止めればいいのかわからず、喪失感に長く苦しむ人もいる。
一方で悲しいけれど、老いた親に触れて、抱きしめて、思い出を共有して「温かい死」を迎える家族もいる。それを支えるのが「看取り士」だ。
この連載では、さまざまな「温かい死」の経緯を、看取り士の考え方と作法を軸にたどる。今回は、笑顔と笑い声にあふれた父親の通夜を自宅で実現した、60歳の長女と17歳の孫に焦点を当てる。温かい最期を迎えるために、この母子が「肌を触れ合うこと」が大切だと話す理由とは何か。

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■笑顔と触れ合いと笑い声に満ちた通夜

 介護福祉士である中屋敷妙子(当時58歳)は、病院から運ばれてきた父親の遺体を棺には入れず、母親のベッドに寝かせた。弔問に来る人にじかに触れてもらうためだ。彼女の三男、阿南(あなん)は当日のことを振り返った。

 「顔中シワいっぱいなのが独特で、おじいちゃんらしい笑顔でした。入院していたときみたいに、スキンヘッドの頭もぐりぐり触りましたよ。通夜に来てくれた人たちもみんな、おじいちゃんの顔や頭を触ってくれて、『笑ってるよね』って笑顔で言ってくれましたし」

 2016年10月に都内の自宅で行われた、大阪生まれの祖父・稔(享年88歳)の通夜のこと。阿南は、角川ドワンゴ学園N高等学校の1年生だった。

 弔問客たちの多くは稔の笑顔を見て「幸せそうやね」と話した。ある女性は冗談交じりに「じいじの話は面白かったけど、下ネタもあって、今ならセクハラやわ」と話すと、「ほんまや」と呼応する女性もいて、時おり小さな笑いが起きた。

 当時15歳だった阿南にとっては、初めて身近で触れる死だった。だが、彼自身が漠然と抱いていた死の印象とは違っていたという。

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