大局観のない人は国家や政治を語る力がない(東洋経済オンライン)



6/3(日) 8:00配信

東洋経済オンライン

 政治ニュースに接していても、「権力とは何か」「政治とは何か」と真正面から問われて、答えられる人は少ないのではないでしょうか。ビジネスは国家や政治と無縁ではありません。時代を見通す大局観を身につけるためには、国家や政治を考える力が不可欠です。

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■政治の原点を考えるためには? 

拙著『教養が身につく最強の読書』でも触れていますが、戦後のわが国の政治状況を中心に頭を整理した後で、政治の原点を考えるためには、古典を読んでみることをお薦めします。ほとんどの政治家が読んでいる(と思われる)『職業としての政治』(マックス・ウェーバー/脇圭平<訳>岩波文庫/1980年)です。

 近代のほとんどの知性はマックス・ウェーバーから始まると言っても過言ではないと思います。著書には『職業としての学問』があり『職業としての政治』があり、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(165ページ)があります。マックス・ウェーバーの名前を聞いたことのない人はほとんどいないでしょう。どの本も決して厚くはありませんので、一度きちんと読んでみましょう。古典中の古典です。

 「『権力本能』─と一般に呼ばれているもの―─は政治家にとって実はノーマルな資質の一つである。―─ところがこの権力追求がひたすら『仕事』に仕えるのでなく、本筋から外れて、純個人的な自己陶酔の対象となる時、この職業の神聖な精神に対する冒瀆が始まる」

 比例区で当選したのに平気で離党を考えるような政治家は、この『職業としての政治』を読んで頭を冷やしてもらいたいものです。

 政治の大きいテーマの一つとして、「私」と「公」の問題が挙げられます。市場経済とは、個人が自由に活動することが基本であり、「私」の活動ですが、その影響は当然、社会つまり「公」につながります。

 特に近年では、経済がわからないと政治もわかりません。米国の大統領選でも、直近の株価次第だといわれたりしています。株価と政治の関係は「私」と「公」の関係であって、株価が政治に影響するさまは個人や企業、経済といった「私」の肥大化だと考えることも可能だと思うのです。

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