大谷翔平はいかにしてメジャーに飛翔したか(東洋経済オンライン)



5/10(木) 6:00配信

東洋経済オンライン

  今回の「月間エンタメ大賞」は大谷翔平を取り上げる。打者と投手の「二刀流」としてメジャーリーグで大活躍。4月のア・リーグ月間最優秀新人賞も受賞し、5月6日までの成績は、打者として打率.339、本塁打4本。投手として3勝1敗(防御率4.10)なのだから、堂々たるものである。4月のスポーツ報道は、大谷翔平一色で染められたと言っても過言ではない。

 しかし今回論じたいのは、その溌剌(はつらつ)としたプレーそのものではなく、メジャーという舞台で躍動するほどに、大谷翔平を大きく育んだ、北海道日本ハムファイターズの人材マネジメント力である。そこには一般企業の人材マネジメントの参考になりうるものが、多く潜んでいると思うからだ。

■改めて考えるファイターズのドラフト指名

 まず注目したいのは「ファイターズが大谷翔平を指名したこと」である。

 と書くと、今であれば、「あれだけの破格の才能だから、ファイターズ以外にも、多くの球団が指名したのではないか?」と思われるだろう。ここでクイズ。2012年のドラフト会議で、大谷翔平は何球団から指名されたでしょうか。

 答え。1球団。ファイターズのみ。

 当時の大谷翔平には、日本プロ野球を経ずに、いきなりメジャーリーグに行きたいという希望が非常に強かったのだ。

 事実、指名直後の会見で大谷は「評価していただいたのはありがたいですが、自分の気持ちは変わりません。入団の可能性はゼロです」と語っていた。

 ファイターズのドラフトと言えば、2011年の菅野智之(東海大)の1位指名も忘れられない。巨人の原辰徳監督(当時)と菅野が伯父・甥の血縁関係ということもあり、菅野の巨人志向は非常に強いことが知られていたのだが、そんな空気を読まずに、ファイターズはここでも、菅野を敢然と指名したのである。

 ファイターズには「プロ野球チームとしてあるべき指名をする」という確固たる考え方があると聞く。つまり「どんな事情があれど、空気を読まずに、ナンバー1の選手を敢然と指名する。それがプロ野球の球団として正しい指名なのだ」という考え方。そんなポリシーがあって初めて、菅野智之獲得断念の翌年における大谷翔平の指名、そして獲得があり得たのだ。

 このファイターズのポリシーは、新卒重視、学歴重視、(旧態依然とした形の)面接重視という、硬直化した採用システムで、本当に有望な才能を取り逃しているかもしれないと懸念する人事部門にとって、大いに参考・刺激になると思う。

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