至高の雪男、皆川賢太郎の「スキー連盟」改革(東洋経済オンライン)



皆川賢太郎氏は4大会連続冬季五輪(1998年長野~2010年バンクーバー)のアルペンスキー日本代表として活躍し、2006年トリノ五輪アルペン男子回転4位の実績を残し、その後ケガも乗り越え37歳で現役を引退した。
2017年6月に全日本スキー連盟(SAJ)の強化部門トップに当たる競技本部長に就任した皆川氏に平昌(ピョンチャン)五輪の総括と今後のSAJの方向性について聞いた。

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■40歳で強化部門のトップ、迎えた平昌五輪

 ――今年の2月に開催された平昌五輪は記憶に新しいです。皆川さんはどのような役割を担ってきたのですか? 

 連盟(SAJ)は4年周期で基本的に強化を考えています。4年あるうちの後半の2年で修正をして次の4年をどうするのかという考え方でやっていて、オリンピックはこのサイクルの分岐点になります。

 僕の競技生活は37歳までだったので、引退後すぐに取り組んだことは、アルペンスキーの興行を日本に持ってくることの手伝いでした。それが事業規模で3億8000万円くらいでした。

 そこで、いろいろなことも学べたし、その成功がきっかけで2015年に理事になって翌年に常務理事、そして今に至ります。引退後すぐにも事業やビジネス等々やっていたのですけど、僕はほぼ1本釣りで、いきなり理事に就任することになった経緯があります。

 連盟は、グローバル活動している人間からするとすごい違いがある。野球でいえば高野連とプロ野球が違うように、スポーツの環境はまだ(学校教育の中の)体育という認識があります。

 僕も含めて、どんな人も、オリンピックが終わってから基本的に人事を変えようって思うもの。ですが、(多くの五輪選手を輩出するスキー部がある)北野建設の北野貴裕会長の手腕もあって、今の役割を担っています。

 ――スキー連盟で何を変えようとしているのですか? 

 私が担う競技本部を組織形態から抜本的な見直しを行います。

 原理原則に沿って木の幹をまずは変える。強化をつかさどるための組織形態をいじっています。水は上からしか流れません。物事を変えるには枝葉の一枚ではなく、幹から血流を変えることが大事と考えています。

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